だいたい、感じてなんぼ

あらがわず、しなやかに。

『新しい世界へ』

※この作品を赤尾くんに贈ります。

 

手を取り合い、分かつは陰陽。

 

性を超えて、愛すは1つ。

 

そうして巡るは愛の世界。

 

世界に舞いを。世界に歌を。

 

放つは己の源のそれ。

 

疑いの闇から世界を救え。

 

真実は天と地を結んだ時、心の中に現れる。

 

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ここは龍が住むといわれている小さな島国。一年中心地良い陽気が続き、太陽と雨に恵まれた、力強い緑と生命の巡る島。この島の南の丘にそびえ立つ、鮮やかな朱色に染められた王宮を中心として統制されて以来、この国は数百年と繁栄を続けた。いまでは数万もの武人、文人、遣いを従える、小さいながらも大きな国へと発展した。王家では代々、この地が「世界の中心」であり、「この国の乱れは世界の乱れ」だと語り継がれ、どの時代の王もそれを心して国を治めた。混乱や反乱とも無縁のこの時代、王位に継承したのは、この王家に生まれ落ちた次男。名は「和紀」。彼はまだ15歳だった。

 

父は継がず、兄に王位が渡るはずだったが、身体が弱く病に蝕まれ、やむなく和紀が継承することになった。和紀は強く責任感を持つようになり、あらゆる者の助言に耳を傾け、文献にも目を通し、国の方向性を決定付ける大々的な指令を次々と出した。外交にも熱心で、大きな争いや災いがこの国を襲うことはなく、この時、国は益々繁栄の一途を辿っているように見えた。ただ、生まれ持って持ち合わせた繊細さ、生真面目さが時に裏目に出て、和紀の精神や身体を蝕むこともあった。それを支えになったのが妃の存在であった。

 

この国ではこれまで、あらゆる巡り、均衡となるものを重要視した。本来王家は、繁栄のために一夫多妻制度が受け入れられていたが、和紀は一人の妃以外に、妻を取ろうとはしなかった。繁栄よりも、全てのバランスをとるため、「男女は一対が望ましい」という考えのそれは、一番の相談役でもあるノロ(聞得大君)からの助言であり、和紀本人の意志でもあった。和紀は、たった1人の妃を愛し続け、慕い、子宝にも恵まれた。平和と愛をもたらしてくれる王とこの国のあり方に国民は信頼を寄せ、均衡と幸福の国として隣国にも知れ渡っていた。

 

この国は、愛と平和に満ちていた。
この時はまだ、穏やかな風が漂っていた。

 

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ところが、ある日のこと。

突然、妃が病に倒れた。はじめは軽度のものであったが、日を追うごとに容体は悪化し、国民の前に姿を現さなくなった。その間、国中の医者を集めあらゆる手立てを講じたが、回復するどころか、その原因すらわからなかった。


妃の容体は国中に知れ渡り、その病状を気にかけた。

日に日に弱る妃のその姿を見て、王は動揺隠せずにはいられなかった。
それは、身体の中を巡るエネルギーの半分が揺らぎだし、熱と共にそれが身体から抜けてゆくような感覚を覚えた。それでも心を律するように周囲には平然を装い、前を向くよう心がけた。

成す術もなく、ただただ、見守るだけの時間が過ぎて行った。

 

この出来事を機に、この統制がとれていた島国に静かに亀裂が入り始めた。
その影響が出るまでに、時間はかからなかった。

 

 

 

 

それから数週間経ったある日の事。
和紀は、遣いの者を集め、いつものように簡潔に1つ1つの案件に指令を出した。

 

「では以上だ。任務についてくれ。」

 

「あの、それは・・・つ、つまりはこういう事でしょうか?」

 

「・・・?なぜ伝わらない?なにも難しい話はしていない、以前にも説明したことだぞ。」

 

従事するもの達は顔を見合わせ、ひどく困ったようにして返答した。
「・・・はい、申し訳ございません、承知致しました。」


ここしばらく、和紀は周りの人間との意思疎通に違和感を感じ始めていた。まるで「言葉」そのものに異変が起きたかのように。今まで当たり前に通じていた言葉の意図や意味合いに、少しずつずれが生じるようになったのだ。言葉のすれ違いは徐々に増えていき、それが和紀にとって、日に日に大きなストレスとなっていった。

 

和紀は、相談役のノロを呼び出した。
「何が起こっているのだ、私の言葉が周囲の者に通じぬ。」

 

「この国の共通言語は1つでありますが、国の均衡が乱れ始めると、同様に人の心にも乱れが生じるようになるのです。言葉はただ心を表現ための道具。その使い方が本質と異なるということは、この世の真実が見えなくなっていることを意味します。これはどこの国でも、どのような言語でも、起こり得る事なのです。」

 

「同じ言語なのにか!そんなこと今までなかったはずなのに。」

 

「今までは統制がとれておりました。心をひとつに出来ていたからこそ、言葉を信頼し、感じるそれを共有することができておりました。貴方様が王位を継承されてからこのようなことは起きませんでした。ですが、この国には今までに何度か起きた現象です。」

 

「なんとかならないのか?このままだと、私の意図したことすら、正確に国民まで伝わらなくなる。」

 

「国の均衡が乱れ始めています。先代の王はそれぞれ、これについての解決方法を見つけ出されました。ですが、それは王の真意・・・つまり、その時代に合わせてその時に君位されている王が編み出されたことではないと、根本的な解消にはならないのです。」

 

「なんということだ・・・。」

 

和紀は頭を抱え、ひどく気を揉んだ。
過去の対策は無効であり、時代に則したものではないと意味はなさないということは、新しいものではならないかった。

和紀はあらゆる文献を漁り、ヒントを得ようと尽力した。実際に過去に類似した対策を打って出るものの、思うようにはならなかった。それどころか、日に日に和紀の言葉は他の者へ思うように伝わらなくなり、遣いの者によって実行される指令が本質とズレてしまうこともあった。和紀の指令は間違った意図として国民へ伝わり、その国のあり方に疑問を持つものも徐々に増えてくるようになった。この国は、まるで薄暗い闇に静かに包まれていくようだった。

 

肌身で感じるこの国の荒みゆく現状と、焦り。この国を元に戻そうと、均衡を取り戻そうと、和紀は躍起になった。

信じぬ者、背く者、理解のない者。お互いに通じ合うことのできない苛立ちや不信感が元となり、愛と平和で満ちていたこの国には、ところどころでその者たちによる争い事がいくつも起こるようにもなっていった。かつて光が宿っていた国民の瞳は、少しずつ濁りがかるようになった。緊張感が増すと同時に、国中の活気が徐々に失われていくようだった。目に見える変化が和紀への大きなプレッシャーとなり、和紀はストレスで皮膚病を患った。その一方で、倒れた妃の病状は、ますます重くなるばかりだった。かつて希望の太陽が照らし出すこの国の空には、情勢を反映するかの如く重い雲が掛かる日が増え、鬱々とした天気が続くようになった。

 

 

数ヶ月が経ち、和紀はあらゆる手を尽くしたが、一長一短で何も変わらなかった。何をやっても上手く行かず、行き場のない悲しみ、押し潰されてしまいそうな孤独を抱えていた。そしてついに、妃に意識が戻らなくなった。


ある日、和紀はノロを呼んで苦悩の旨を伝えた。
「一体どうしたら良いのだ。もはや、己のことすら疑わしくなってしまった・・・。」

 

ノロは言った。
「いけません、疑いにのまれては!この国が滅びてしまう。」

 

ついに和紀は、遣いの者が誰一人として信じることができなくなってしまった。
やがて和紀がノロたちの言うことのみを聞くようになり、妃の病や国が乱れてきたことを「ノロや巫女たちのせいではないか」という虚言が王宮内だけではなく、国民の間でも騒がせる事態となった。巫女やノロの身の安全を考慮し、和紀は、ついに唯一の相談役にノロを配置する制度を廃止した。信頼してきたノロとの面会すらも、自ら禁じたのだった。ノロと巫女たちは有無を言わず、静かにこの王宮を去った。

 

国の最後の望みを託した指令だったが、しばらく経っても、再び言葉が通じ合うことどころか、この事態が回復することもなかった。和紀が虚無感に襲われたのもつかの間、心の均衡を失った緊張状態の国民たち、疑いと派閥で争いに満ちた遣いのものたちが、今にもぶつかりそうになっていた。

 

「このままでは、紛争が起こってしまう・・・。」

 

最悪の事態が起きる事を恐れた和紀は、その日静まり返ったあと、ひとり祈り場へ行った。
撫でるような風が吹き、木の上で夜鳥が鳴いていた。月が隠れ、空気の澄んだ星屑の輝く夜だった。
祈り場の大きく開けた空を樹木が覆うようにいくつも立ち並び、それはその場の神聖さを守っているかのようだった。
和紀は樹木の前で立ち止まり、締め付けるような胸の苦しみを抱えたまま、天を仰いで、先代達に思いを馳せた。


すると、後ろの草陰からガサガサと物音がした。驚いて振り返ると、そこにはノロがいた。


「ノロ・・・!」

 

ノロは静々と近寄り、深く頭を下げた。
「王、お久しぶりでございます。」

 

久しぶりの再会を喜んだのもつかの間、和紀は自身の下した命令が頭を過ぎった。
「すまない。あんなにも私を、国を支えていてくれたのに、お前に向ける顔がない。」

 

「いいえ、よいのです。王のご意向はこの国の全てでございます。」

 

「・・・。私は、どうすればよいのだ。もう取り返しのつかないことになってしまった。もう打つ手立てはないように思えている・・・。だが、私はこの国の未来を諦めたくないのだ。」

 

「すべては、王の意のままに。」
ノロは王に敬意と信頼の瞳を向け続けた。

 

和紀は続く言葉が見つからず、しばらく視線を落とした。
それは夕闇が刻々と深みを増し、それが和紀に重くのしかかっていくかのような時間だった。

 

すると、暗闇を閃光の如く照らすほどの眩い箒星が、上空にいくつも現れた。それが夜空を一層煌めきでいっぱいになり、和紀はそのひとつひとつ目で追うように眺めた。その煌めきから、和紀は心に浮かんだ言葉をつぶやくように言った。
「・・・1つの輝き。すべてはバランスであるが、本来は1つであるということ・・・。私は、公平さを重んじるあまりに、本質が見えなくなってしまっていたのか。
本当の大切にすべきもの。それは・・・1つであることなのだ・・・!!しかしそれは、どのようにしたら・・・。」

 

ノロは言った。
「王よ、貴方様の真実の心が出した最善の策、それだけがこの国を救うのです。その真実は、貴方様が天と地を結ぶ時、貴方様の心に現れるでしょう。」

 

 

しばらく考え込んだあと、和紀は何か思いついたかのような真剣な面持ちで言った。

 


「私一人ではできない。ノロよ、協力してはくれないか・・・?」

 

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あくる日、和紀はすべての男性の遣いの者を集め、これからの国の方針について話をした。ノロの廃止制度は再び解禁。そして某日、ある儀式を行うと。女人に関してはノロが執り仕切るということだけが伝えられた。
儀式に向けてあらゆる準備は各自執り仕切られ、早急に進められた。

 

 

儀式当日。

蒼天に浮かぶ太陽の光がその国に降り注ぐ中、演奏部隊と巫女たち、そしてここに収容出来るだけの国民が王宮の前の広大な広場に集まった。和紀は王宮の展望室から、それを見守っていた。
何が始まるのか一切知らされていない者たちのざわめきで、会場は満たされていた。そして、それを制するかのような演奏部隊からの音を合図に、儀式は始まった。

 

男性のみで構成された演奏部隊はそれぞれに笛や太鼓を奏で始めた。
太鼓の全身を脈打つ心臓の音、笛の己の内側に巡るエネルギーの流れのような旋律。

そして演奏隊から向けられる眼差しは、巫女たちと見守り、愛するかのような、そんな強くやさしい光が宿るように見えた。

 

すると、巫女たちが息を合わせて舞い、歌い始めた。
奏でられた音に応えるかのように、巫女は恍惚とした表情をして舞い、花の香りが舞うように、その空間はふわりと華やいだ。澄み切った美しい歌声は、物事考えることを一切忘れさせた。

巫女が天を仰ぐたび、天に手をかざすたび、淡く透明なピンク色の花がふわりと空に放たれるかのようだった。

 

それは、その場にいる人の胸の奥底へと深く浸透していくようだった。

 

遣いの者が王に尋ねた。
「王よ、これは一体・・・?」

 

「愛を表現してもらっているのだ。男が女を守り、愛し、女は愛と歓びを放つ。そしてそれは巡り巡って、やがて1つになってゆく。これは、世界を一つにするための歌と舞の儀式である。おそらく、ここに居らぬ者までも、その力を感じるはずだ。」

 

ここに集まった者たちすべてが、その繰り広げられる愛に目を奪われた。表情は緩み、胸には温かなものが巡り始めた。それは本来胸の中にあった、大切なものを思い出していくかのように。そして濁ってしまっていた瞳に、再び光が宿っていった。


「言葉など、最初からいらなかったのだ。言葉などなくとも通じ合えるものが、こんなに素晴らしいものが、この世界には溢れている。」

 

歌も舞も、そして演奏も、空間を巻き込んで、皆がひとつになっていくようだった。 

 


すると、遣いの者が王宮の奥から息をあげて駆け寄ってきて、大声で言った。
「王!お妃さまが・・・、目を覚まされました!!!」

 


「・・・・・!!!」


一筋の涙が頬を伝い、次々と溢れて止まらなかった。その溢れる歓びと安堵は声にすらならなかった。


その代わりに、その知らせを聞いた広場にいる全員が一斉に歓声と歓喜に溢れ、愛の歌と舞の儀式は一転、愛と歓びと祝いの儀式へ。

 

笛吹きも太鼓演舞も、皆が立ち上がってクルクルと回り、音が次々と踊り出した。

巫女は跳ね、笑い、そして、心のままに歌い、国民も王族もそこに仕切りはなく、互いに手を取り合った。

 

その様は、寄せては引き、放ってはまた巡る、まるで波のようだった。

おのおのが自由に、心の踊るままに、胸の歓びが放たれる方へと。

 

それは一見、バラバラのように見えたが、おのおのの心から溢れているものは、皆同じく、たったひとつであった。

 

王の座から見える一面に広がるその景色は、完璧なほどに、「和」そのものだった。

 

「完全にひとつだ・・・。」


この日、この王宮から放たれた愛は国中どこまでも、強さと、すべてを包み込むようなやさしさを持って、どこまでも巡っていくようだった。

 

 

こうして、この国は再び統制を取り戻し、皆が言葉の本質を取り戻した。

 

そして、この日からいつ何どきも、この国の中心からは愛のエネルギーが放たれた。

 

それは遠く、世界の果てまで巡っていった。

 

それはこの島国の中心から、まるで溢れ出ているかのように。

 

 

まるで、ここが「世界の中心」であるかのように。

 

 


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疑いの闇から、時は再び、真実の愛。

 

歓びの光を世界に放つ時、世界は再び和の境地へ。

 

その喜びもまた、1つへと。

 

歓びの願いを今こそ解き放て。

 

始まりは、いつも己の胸の中。

 

 

おしまい

 

 

 

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