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だいたい、感じてなんぼ

人生、自分の感じたものがすべて。あらがわず、しなやかに。

『言葉に負けるな。』

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北海道の夏が、やっと来た気がする。
道民はなぜこんなに薄着なのか。体温なんてそんな他の県民と変わらないだろうに。日本で一番寒い離島なのにほとんど女子高生は氷点下でもジャージやストッキングを履かない。真冬に足を真っ赤にして歩いてる姿は、もはや我慢大会。女子高生だけじゃない。明らかに日本の四季とは少しずれているのにも関わらず、ファッション誌に合わせてオシャレを楽しむ女たちと、季節感のないホットな格好をする私とで、あらゆる勝敗は決まっている気がする。
 
 
 
  
 
女より、若さより、健康が1番だよ。(ボソッ)
 
 
 
 
 
 
私は時々ブログを書きながら、「この言葉の使い方は合ってるだろうか?」と思ったりする。時々しか思わないから、きっと間違えてる表現はたくさんあって画面の向こう側のあなたも、赤でチェックをいれてるかもしれない。別に入稿するわけでもないし、神経質になると私がブログから離れていくので流れに任せている。・・・つもり。
 
 
普段から肩の力を抜いて言葉を使ってるはずなのに、つい先日、ある知人2人それぞれに私がお悩み相談を聞いてもらっていたところ、連続で「言葉に負けるな。」と同じ言葉を言われた。連続で言われたことは「ア・イ・シ・テ・ルのサイン」じゃなくて「タ・ダ・ゴ・ト・ジャ・ナ・イのサイン」だと受け取ったので、どういう意味だかウンウンと考えてみた。
 
私が悩みを新たに生み出したときは大抵、仕分け作業をしたあとに今の自分の中にそれを処理する手立てがない場合は、どこかで「言葉の定義」を考えるフローに必ず入る。自身の恋愛の悩みなら、目の前に起きた出来事を通り越して「そもそも恋愛って?」「そもそも愛って?」「そもそも責任って?」・・・
 
「そもそも」っていう根源を辿ることが、必ず私を更に悩ませる。私がやっちまったことから、「すいませんでした、もうしません」と反省して、「じゃあこれを期に正しく学びましょうね」と頭の中の誰かがいう。すると私も私で、その言葉の重みをつい肌で感じたくなってしまう。
 
そして結局、悩み始めた時よりも重力を強く感じ、悩みが悩みを生み続けることになる。
 
 

目の前で起きた出来事よりも、「言葉の正しさ」だった私の頭。

人間の悩みの9割は、対人関係からしか生まれない。と、何かで読んだ。世界に一人だけになったら、今の自分の悩みの9割は消えてなくなる。「さみしい」っていう悩みが、もしかしたら生まれるかもしれないけど。自身が感じたことを伝える手立てとして与えられた言葉は、自分以外の誰かがいないと一切機能しないのに、気づけば私はそれに埋もれていた。
 
言葉遊びは大好きだ。言葉が、話が面白い人には、一段と惹かれてしまう。もちろんお決まりの嫉妬を経て、最後は結局リスペクト。
そうそう、昔お笑い芸人の「ネタ帳」のような「素敵な言い回し帳」みたいなのをつけていた。結局すぐ飽きて3ページくらいで終わってしまったけれど、そこには私の感性をくすぐる言葉たちでいっぱいだった。だから私は、決して言葉を軽んじていたわけじゃない。一番大切な目の前で起きたことよりも、言葉を重んじてしまっていた。気付かないうちに「言葉の正しさ」に囚われていたんだ。
 
 
ただ、思い当たる節はなくもない。私はライターをやり始めたときに、私は原稿を赤ペンで真っ赤にされて返されたことがある。「形容詞って知ってる?」「副詞はわかるかな?」「この言葉の意味は?」と拷問のように、私が書いたそれについて聞かれた。小学生で習う日本語の文法を聞かれ、恥ずかしくて、死にそうだったのを覚えている。そう、編集者にそんなことを言わせてしまうくらい、あの頃の私はまじで文章が書けなかったのである。正しさを追求し始めたのも、たぶんその頃。(お金もらって書いていたから、しょうがないんだけど。というか、あの拷問のおかげで少しは文章書けるようになったので、今ではほんとに感謝してます。)
 
 
あれから私は「正しさ」が大嫌いな社会不適合者のくせに、言葉の「正しさ」にはとことん固執するようになった。天から誰かが見ていたら「おい、お前は適合したいのかしたくないのか、どっちなんだよ。」とつっこまれてしまいそう。いや、現に「言葉に負けるな」と突っ込まれたのだけど。
 
 

言葉の意味なんか、どうでもいい。目の前にいるあんたが、一番大事だよ。

結局、辞書に載った言葉の意味なんて、全然腑に落ちない。そして、誰の心にも響かない。小説『舟を編む』みたいに言葉にロマンを感じることはあっても。あれは「言葉」を題材にした話だけど、あの小説で一番伝えたいことは、いかに「正しく表現できるか」ではなく、「いかに気持ちが伝わるか」ってことだったんじゃないかな。脱皮した今でこそ思うけど、あの「言葉」を題材にした小説こそ、「言葉に負けるな」って言ってる気がするんだ。
 
 
言葉とは、とても便利なものだけど、『どうやったら、自分と、目の前の人を大切に扱うことができるだろうか。』っていうことを心にいつも置いておけば、きっとその気持ちは伝わるし、悩みも解決するんじゃないか。心はきっと、もっと晴れていく。
 
あのふたりが私に言ってくれた『言葉に負けるな』っていうその意味は、きっとこういうことなんだろうね。
 
 
 
言葉の呪縛が、やっと解けた。
今日は気持ち良く脱皮しました。
 
あの言葉を言ってくれたお二人よ、
大切なことに気付かせてくれて、ありがとう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみに、最近「快挙」という言葉がとても爽快すぎてマイブームです。音の響きがスカッとしていて、使っている漢字もアラ素敵。そんな素敵な言葉のタイトルにつられてあらすじも読まなぬまま買った小説『快挙』は結婚がテーマでしたが、結婚の「ケ」の字も見えない私にとってのそれは、快挙でもなんでもない。
 
ただの暴挙だったよ。
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