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だいたい、感じてなんぼ

人生、自分の感じたものがすべて。あらがわず、しなやかに。

『地元に帰る=敗者』な考えに縛られていたんだぜ。

恥ずかしい皮
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 ※これは過去記事ですが、誤って削除してしまったため、リライトしました。
 
 
これは、東京に来て3年が経った頃の話。
あの頃は、とにかく尖って、誰かとの違いを「自分」だと思って、さらにそれが「正しい」と自分で信じたくて、なんとかして自分を維持しようとしていた。地元に帰るという選択肢に迫られた時のこと。
 
 

自分を認めていただきたく、地元を離れる。

20年間住んできた地元を離れるという決心と、その許可を得るのは、意外と簡単だった。「やりたいことがある」「あの場所に憧れている」「外を景色を見てみたい」「ただそういう気分」でも、「一花咲かせてやる」とでも地元を離れる理由になる。
私の場合は、自分というアイデンティティを確かめたいっていう気持ちが半分と、あとは母親への「立派な人間になってやんよ!!」っていう宣戦布告だったのだけど。
そして適当に考えた東京に行きたい理由も「日本を知りたい」という適当なもので両親から「行ってくれば?」と許可が下りました。
 
実際にキャリーバッグ1つで上京してから2日で住む家を探し、「一人で東京に出てくるなんてすごいね」という人は意外と多くてびっくりしたのを覚えてる。東京の8割くらいが自分と同じ単身上陸者だと思っていたから。だから、そんなのはハードルでもなんでもなかったし、評価に値するもの?とも思ってた。あの頃の私はとにかく自分を確立するのに躍起になっていたから。
 
 

「自分が幸せなら、それでいい」という寛ぎながら生きる方法を知らなかった。

地元を離れてどんな生活を送ろうが、どんな幸せを勝ち取ろうが、どんなハプニングが待ち受けていようが自分の人生でしかないのに、ベクトルが一向にお外な私は、なにをするにも、周りの評価が気になってしょうがない。私が見ている現実の中で、自分の価値は一向に見つからなかった。 
 
最近話題の本、永田サビさん『さびしすぎてレズ風俗に 行きましたレポ』を読んで共感出来ることがたくさんある。私はレズ風俗にこそ行かなかったものの、「人肌が恋しい!」とか、「とにかく抱きしめてくれ!」とかの気持ちは痛いほどわかる。その辺は当時の彼氏にしてもらったけど、やっぱりなんか幸せじゃなかったなぁ。
 
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

 

 
 
『◯◯歳で◯◯ができて、いま◯◯をしている私』が当時の自分の指標だった。それが自分が存在する理由だと思った。というか、自分が存在する理由が欲しかったんだ。
私はそれに縋り付くように、生きていた。だから、否定されると途端に脆く、耳を塞いで拒絶し、この世界の中で「自分」という人間を「私はここだ!」と、とにかく言いたくて、それを認めてほしかった。
 
本当は「誰でもいいから、何もない自分を愛してくれ」と、懇願している気持ちの裏返しだったんだけど。(この時は誰でもよくなくて、母親にだったけど)
 
 
 
だから、誰かが地元に帰る選択をした時、私はその人に「敗者」の烙印を押していたんだ。「まだ、やれるはずだろ」って思っていた。私は、多様性の「た」の字もなく、自分に共感してくれる人、賛同してくれる人しか、仲間だとは思えなかった。本当はいつも、自分の心の休息を求めていたのに、自分の正しさをただ誇示したくて崖っぷちでいつも「まだ、やれるはずだろ」と、そう叫んでいたんだ。自分をすり減らして生きる私は、本当は帰りたいのに「帰るわけにはいかない」といって、力尽きてしまったんだけど。
 
 
 
もしも誰かがあの頃の自分に「この世は、自分の心が映し出す世界なんだよ」って教えてくれたら何かが違ったのかも。とも思うけど、きっとあの頃の私はそんなことを聞いても意味を理解できなかったかもしれない。
 
東京に辿り着いて人生を漂流して7年、私はコロンブスみたいに誰もが認める世紀の大発見をすることはできなかったけど、わたしの欲しかった「愛」は自分の中にあったっていう、自分史上最高の発見はすることができた。
 
自分の中に愛があり、自分にOKを出せるようになって地元に帰ってきたいま、私はあの頃よりも何も持っていないけど、こんなにも幸せで穏やか。
空が晴れていて、空気がおいしくて、今日もまた生きていると実感できるだけで「ありがとう」っていう幸せのハードルがぐんと下がった。
 
 
 
 
自分を愛することを知った今、私はあの頃の自分を抱きしめてあげたい。
「だいじょうぶだよ」って。
 
そして、過去の自分みたいな人が目の前に現れたら、そうしてあげたい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ちなみに、いまでは何も持っていない私でございますが、「すべての原因が自分の外にある」と思い込んでいた私は、なにかあればすぐに「環境が悪いのかもしれない」と、引っ越しをしていました。何度も引っ越しを繰り返すたびに不動産屋に足を運んだ私は、いい部屋選びのノウハウだけはかなり得られた気がするので、”ヤドカリ女”の称号だけはいただきたいところ。もし、他になにかいただけそうならご一報ください。
 
バッジにして胸につけて生活します。
 
 
 
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