読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

だいたい、感じてなんぼ

人生、自分の感じたものがすべて。あらがわず、しなやかに。

女子と仲良くなるための、必殺『きびだんご戦法』

f:id:KIRINwOrld:20160720022250j:plain

 女の友情は、強いのか、脆いのか。
 
 
 
私はかつて、女友達が少ない(というか、いなかったときもあるけど)ことについて、悩んだ時期がある。キラキラとした女たちとどう接していいのかが、全くわからなかったからだ。キラキラとした女たちは、なぜだか「わかる!」という名の”きびだんご”を持って、「これあげるから仲間になってよ」って言っているように見えた。そしていざとなったらどうなるかわからない「ペラい友情」を結んでいるように見えて、すごく安く感じた。 だから、人間臭く、腹を割って話しあえる(と、自分が思える)人間しか信用できなかったんだ。
 
そして、キラキラ女子と仲良くできない自分を、自分自身で良しとすることがなかなかできなかったので、少しの間、悩むことになった。
 

言葉と感情のチグハグ感

私は、なんにでも共感する言葉を発する人間に、共感ができない。共感女子は、きび団子を作ることに慣れてしまったせいか、それらしい共感ポイントをすぐに探し出すことができる。それはそれで尊敬してしまうし、「頭の回転が速いのだな」とか「発想の転換が上手だな」とか思う。だが私が気になるのは、その会話の中であらゆる意見の波に呑まれていく彼女の心の在り処だった。合わせまくれるあなたの心は、盛り上がる会話とは裏腹に、消耗して萎んでいくようにも見えた。それに気づいた私が「結局あなたはどう思うの?」と言うのも、なんだか野暮だと思った。
 
 
 
ほんとうは両肩を掴んで「Where are you!!」と叫びたいけど。
 
 
 
寂しさを紛らわせるために、その輪に入ろうとして、自分を手放していく。
そしていつしか、自分の気持ちもわからなくなる。こうやって、うわべの友情が生まれてしまう。この薄っぺらい空間は一体誰のためなのか。それがなんだか、無償に退屈で、窮屈で、でも一人じゃ寂しくて・・・これが、もんもんと悩んだ内容の内訳。 
きっと学生時代に誰しもが、群れるか否か、悩んだのかもしれない。そして何度かトライを重ねるもしんどくて結局、少数派に属することを選んだのだけども。
 
 
もちろん、すべての共感女子が薄っぺらなきびだんごを渡してるとは思ってない。「勘違いだよ。」「そう捉えるあんたが捻くれてる。」と言われれば、それはそれでそうなのかもしれない。「ナイス!」も、「イエス!」も、人はもらって嬉しいと感じるから。
 
でも、人の感情って、取り繕える言葉や表情以外の、些細な仕草とか、目線とか、その人から発せられる見えないなにかで感じ取れてしまうもの。もし、本当にすべてが共感できて受け入れられているのなら、言葉と感情のチグハグ感なんて、感じないはず。
 
 
 
 
 
 
ほんとうのきびだんごは、わからないことも「わかる」という言葉じゃなくて、「わかろうとする姿勢」じゃないのかな。
 
理解しようとする姿勢は、一緒に歩幅を合わせてくれるみたいで、うれしいもの。
私も、あんたと一緒に歩きたい。
 
 
 
それがきっと、特製きびだんご。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
余談ですが、先日「パンとラーメンは腹持ち悪い。」と言っていた女子がいました。パンはわかるけどラーメン腹持ち悪いか?と思ってどこの何ラーメンをどうやって食ったのか聞こうとしたら、横から「わかります!ラーメンは飲み物ですよね!」と共感する女子がいました。聞くタイミングを逃した私は消化不良を起こしてラーメンが頭から離れずその足でラーメン屋に入り「特製とんこつチャーシュー麺」を注文して腹持ち具合を確かめようとしたら、まんまと胃もたれしてしまいました。その話を後日、共感女子に話したらこう言われました。
 
「年ですね!」
 
広告を非表示にする