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だいたい、感じてなんぼ

人生、自分の感じたものがすべて。あらがわず、しなやかに。

これまでと、これからと、今この中心にあるもの。

私の太陽化計画

数年前に撮ってもらった写真を見つけた。
たしか代官山で、空を仰ぐのに眩しくない、やさしい空の日だった。
 
 
大切なことも、そうじゃないかもしれないこともザザッと書きます。

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私は、自分では到底理解できない出来事が起きた時、「この出来事の意味は一体なに?」と考えた。考え始めたあの日から、もうすぐ丸2年経つ。

その意味は、
 

自分の根本的な弱さと向き合うためだったのかもしれない。
 
 
愛とは何かを知るためのきっかけだったのかもしれない。
 
 
人と人とはもっと深ーいところで繋がっていること、
 
 
この世界は、まるで時を刻んだ地層みたく、幾つもの違う世界が重なり合っているということも。
 
 
結局、「死」とか「生」とかみたいに、一生かけても解明できない出来事だとしても、意味なんか自分でつけるしかないみたい。

  

 

そして、この2ヶ月間は「己の本当に心地良いと思うものはなんぞ?」と、問われているような時間だった。
 
こたえは、「私は、私でいたい」ってことだった。
 
私は自分の世界が、心の中が、誰かに侵食されているかのような気持ちに度々なるけれど、それは、誰かが自分の中にズカズカと入ってきたわけじゃない。自分が自分の中心からズレただけなんだってこと。
  

イライラも、くよくよも、鬱々とした気分も全部、中心からズレた時だけわいて出て、それが勝手に私の世界に色を付けていく。でも、誰も私の中に入ってきたりしてなかった。私が、自分の声より、外の声に耳を傾けてしまっただけ。
 
 
安心で、安全で、すべてがそこに在る。
 
 
心の中心って、そんな場所。
 
 
私でいたい。それはすなわち、私の中心にいたい。
 
  

もう一つは、人との交わりは、自分と相手の一部が重なり合う、瞬間的で、流動的なものだということ。物や人への執着心を持つことは、その流れを止めてしまうこと。

 
いま自分の目の前に広がっているのは、
 

いつかの私が、思い描いていた理想の世界の1つ。
 
 
私はその世界が自分の一部だと、勘違いしていたこと。
 
 
流れを止めることは、痛みにもなるってこと。
 
 
流れを受け入れることは、流れに乗っかること。
 
  
 
すべては、流れだということ。
 
 
 
 

この写真をパソコンのフォルダから発見した時、まだあどけなさが少しだけ残ってるこの写真の中の私を、自分ではなく、よく知っていて、私にとって最も大切な人のような、まるで自分自身じゃない人のような、ものすごく変な気分になった。
 
 

まだ東京にきて間もなくて、人を疑うこともせず、自分のことも疑わず、絶望も知らず、世界はきっと思った通りになることを信じて、ただただ、新しい世界を待ち望んでいる瞳。 
 

でも、この先の、彼女がこれから少し長いトンネルを潜ることになるストーリーを思うと、ボロボロと涙が出た。
 


止まらなかった。
 


   
 
 
 

私がそうさせてしまったんだなと思った。

 
 
 
 
 
 
 
 
・・・・・・
 
  

という訳で、束の間の開業宣言でしたが、これにて終了です!笑
 
だめだー!と諦めたわけでもなく、向き合ったからこそ見えてくる世界がありました。やってみたかったことを世に出して実際にやってみると、本当に受け取りきれないくらいのたくさんのことを、世界は教えてくれた。
父の愛情や、心の底から愛した人のこと、新しい自分の居場所や、今この瞬間の深い理解、そして、これからのことも。本当に書きつくせないほど、深い深い脱皮ができました。


その代わり、自分の深いところに、光るなにかを見つけたかもしれません。

 

本当に世に出してよかった。晒すって、やってみるって、本当に面白い。みんなの目が、私を浮き彫りにしてくれる。

何をしているのかよくわからなかったという方も、見守ってくれた方々も、ありがとうございました。

特に今後どうするとかの宣言はしませんが、今は自分の中心に浸っていたいということだけ。 
 
 
 

 

 

そして、今度は、彼女をもっと素敵な世界に連れて行ってあげたい。 

 

 

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