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だいたい、感じてなんぼ

人生、自分の感じたものがすべて。あらがわず、しなやかに。

脳に従わず、ハートで生きる

私の太陽化計画

音が、消えていく。

 

北キツネも野うさぎも出てくる山の麓みたいなこの場所で、昨日の夜からまた、たっぷり雪が降った。 

 

しんしんと降る雪が、音をぐんぐん吸い込んでいく。
雪に見とれているうちに作られた音の向こう側では、心の深い所まで真っ裸にされるみたいになる。

 

普段感じられない、じぶんの隠れた気持ちが浮き彫りになって、悲しくなることだってある。
この悲しみは、自分が自分に嘘ついた分だけ、じわじわと染み込んでくるように感じるんだと思う。


 

あったかいお風呂に入った時の「あぁ・・・////」という気持ちでもなく


絶景を目にした時の「あぁ・・・!」という気持ちでもなく


雪景色を見た時の「あぁ・・・」という独特の気持ちは、何にも代え難い。 

 

 
それでも、無骨なコンクリートを覆う大量の雪に太陽と月が順番に光を照らして、北海道の冬は一日中明るい。

外からの情報をシャットダウンして、強制的に瞑想状態にさらされるのが、雪国なのかもしれない。
 
 

 

 

「もっとよく考えろ。」と、「社会は厳しい」と、言われるがままに自分を押さえ込んで、外の世界にだけ目を向けることに、慣れすぎていたのかもしれない。

そして、それを信じて疑わなかった。
 
 
足りない。
 
無くなる。
 
埋まらない。
 

こんな脳から生まれる自分の欠乏感にもとずいて行動しても、なにも満たされないことなんて、小さい頃にきっと気付いてたんだ。最も合理的なのは、感じた末に出てきた思いを素直に行動にうつすこと。それをどれだけ重ねたかによって、欠乏感は幸福感のある現実に変わってく。
 

 

だから、しばらく脳みそ使うのやめることにしました。
 

 

「頭皮硬いですねー」って言われるくらい今まで考えすぎていた。
心穏やかな場所を探して一生懸命頭働かせても、目的地から遠退いていくだけ。
 
 
脳を使うと、無いもの、無くなったら困るもの、結果を見せてくれる。
ハートを使うと、欲しいもの、胸を踊らせるもの、プロセスを見せてくれる。
 
純度の高い感覚人間になっていく。
 

 

脳を使うと、このプロセスが邪魔されてしまう。
抵抗することなく、委ねる。手放していく。
 
 
 
私のこれからの「心地良い」は、なんだろうか。

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