だいたい、感じてなんぼ

あらがわず、しなやかに。

2017年は山に辿り着いた。

2017年が終わろうとしている。

こんなに師走感がないのは、日中はコートなんていらないくらい暖かな土地で暮らしているからだろうか。この時期生息していないはずの虫たちに遭遇するからだろうか。常に3、4ヶ月先の時間を生きているような季節感と、濃縮された時間をひたすらに刻み込む空間。もしかたらこれを「ATAMIタイム」というものなのかもしれない。今年はこの地に辿り着いたということが最大のゴールと言えよう。

 


師走感はないくせに、「間に合わない!」「詰めが甘い!」と言わんばかりに年末にかけて騒動の連続で身体と精神がピークを迎えている。今まで熱海で自然と呼吸を合わせるように生きてきたのに、最後の最後に落とされたテポドンみたいな爆弾で3段階爆撃みたいなのをされて、つどつど救命隊員に駆けつけてもらっては、空を仰いで「ありがとう!愛してる!」とシャウトしているのだけれど、今ちょうどその3つ目の爆撃にグハグハしている。もう今すぐ目を閉じてさっさと2017年終わっちまえムードさえ、ここ半径30センチメートル圏内では爆撃地を中心として流れている。

 

 

今年やり残したことは今の所見つからない。山は登ったぜと言いたい。衝動的に生きていると、衝動を抑えることはしないので、タスクがたまらないのだと思う。細かなことをいえばいくらでも出てくるのだろうけれど、今年は主体性を取り戻すためのエクササイズイヤーだったなと思う。

 

 

何かやりたいことができると、知らないことが増えまくるだなんて思う。知ったつもり、やったつもりのことで頭の中がフリーズ状態だった所に、マジでやりたい!だなんて指令が下り始めると、それを具体化するのに下手なりにぐるぐると稼働し始めてくる。ただ、その頭の中の幻想世界を現実的な形に投影するためには、今の自分じゃ表現しきれないものがたくさん出てくる。その時の目的が「やばいこと」へ繋がる知識欲は快楽みたいなものにつながっていて、人間を生き生きとさせてくれる。久しぶりのこの感覚に、今までは彷徨い続けていたのだなという自覚と、やっと戻ってきたなという感覚を同時に掴む。新しいことを知れば知るほど、頭の中の幻想世界は更に展開を生み、明確になる。そして、これを重ねていくうちに、それに触れる人間が気づくか気づかないかわからないような繊細な部分に、いつか神は宿るのかも知れないなと思う。そう思うと、知識が増えると同時に、頭の中のキャンバスも広く、そして更に白くなるみたいなことを思えて嬉しくなる。

 

 

有言不実行な女なので、特に来年の目標は書かないけれど、私の内側の世界を別の形でお披露目できたら嬉しいだなんて思う。
そして輪郭や背中で語りまくりたいだなんて思う。

 


現在、美味しい夕食をいただいたのちに、フェードアウトして人様のベッドの上で牛の体制に入っている。

 

テポドン投下後の今年最後であろうメッセージは、それはもう今年一番のやさしい口調で降ってきた。

 

 

「幸せにしてもらおうだなんて思うな。」

 

 

 

きっとこれがどういう意味なのかは、2018年が教えてくれるだろう。

 

 

 

 

 

みなさま、今年も本当にありがとうございました。

良いお年をお迎えください。